物を測るは物差し、人を測るは志

先日、飲み屋のマスターと話をしていたとき、非常に印象に残る言葉を聞きました。

「物を測るのは物差し。人を測るのは志」

短い言葉です。

しかし、妙に心に残りました。

物の大きさを測るのであれば、物差しを使えばいい。長さも、高さも、幅も、数字で表すことができます。

では、人は何で測るのでしょうか?

学歴でしょうか。
役職でしょうか。
収入でしょうか。
会社の規模でしょうか。
持っている資格の数でしょうか。

もちろん、それらも人を知るための一つの情報ではあります。

しかし、それだけで、その人の本当の価値を測ることはできません。

人を測るのは、志です。

この言葉には、人を見るときに何を基準にするべきかという、本質的な問いが含まれているように思います。

人は目に見えるもので評価される

私たちは、わかりやすいもので人を評価しがちです。

売上はいくらか。
何人の部下がいるか。
どこの会社に勤めているか。
どんな肩書きを持っているか。
SNSのフォロワーは何人いるか。
どれくらい実績を残しているか。

数字は便利です。

比較しやすく、説明しやすく、評価もしやすい。

会社で人事評価を行うときも、売上、利益、件数、時間、生産性といった指標を使います。数字で測れるものを使わなければ、公平な評価が難しくなるからです。

しかし、人には数字だけでは測れない部分があります。

売上が高くても、自分の利益しか考えていない人がいます。

役職が高くても、責任から逃げる人がいます。

能力があっても、その能力を人のために使わない人がいます。

反対に、まだ大きな成果を出していなくても、社会を良くしようと本気で動いている人がいます。

目立った肩書きがなくても、家族や仲間を守るために、誰よりも誠実に働いている人がいます。

数字は、その人がこれまで何を成し遂げたかを示すことはできます。

しかし、その人が何を目指しているのかまでは示してくれません。

志とは何か

志という言葉は、少し大げさに聞こえるかもしれません。

世の中を変える。
大きな事業を成し遂げる。
社会に名を残す。

そのような壮大な目標だけが、志ではないと思います。

志とは、自分が何のために生き、何のために働くのかという方向性です。

お客様の役に立ちたい。
地域を元気にしたい。
働く人が誇りを持てる会社をつくりたい。
家族を幸せにしたい。
次の世代に、より良い環境を残したい。
困っている人を助けられる人間になりたい。

これらも、立派な志です。

重要なのは、言葉の大きさではありません。

その言葉に向かって、本当に行動しているかどうかです。

どれほど立派な理念を掲げても、行動が伴っていなければ、それは看板にすぎません。

反対に、うまく言葉にできなくても、日々の行動に一貫した目的がある人には、確かな志があります。

志は、宣言するものではなく、行動に表れるものなのかもしれません。

能力よりも、能力を何に使うか

人を採用したり、育成したり、評価したりする立場にいると、どうしても能力を見ます。

何ができるのか。
どれくらいの経験があるのか。
どの程度の成果を出せるのか。

会社である以上、能力を見ることは必要です。

しかし、長く一緒に仕事をするうえで、能力以上に重要になるものがあります。

その能力を、何のために使うのかです。

優れた技術を持っていても、自分を大きく見せるためだけに使う人がいます。

知識が豊富でも、他人の間違いを指摘することにしか使わない人がいます。

一方で、自分の技術や経験を、仲間の成長やお客様の成功のために使う人もいます。

同じ能力でも、向かう方向によって生み出される結果はまったく違います。

能力は力です。

志は、その力を向ける方向です。

どれほど強い力を持っていても、方向を間違えれば、人や組織を傷つけます。

逆に、今はまだ力が弱くても、正しい方向へ進み続ける人は、時間をかけて大きな成果を生み出します。

だから、人を見るときは、今の能力だけではなく、その人がどこを目指しているのかを見る必要があります。

志は苦しいときに表れる

順調なときは、誰でも立派なことを言えます。

仕事がうまくいっている。
利益も出ている。
周囲から評価されている。

そのようなときに前向きでいることは、それほど難しくありません。

志が試されるのは、むしろ苦しいときです。

思うような成果が出ない。
努力しても評価されない。
仲間と意見が合わない。
失敗して責任を問われる。
自分の利益と周囲の利益がぶつかる。

そんなときに、何を選ぶのか。

楽な方へ逃げるのか。
誰かの責任にするのか。
自分だけが得をする道を選ぶのか。
それとも、本来の目的に立ち返るのか。

志は、平常時の言葉ではなく、困難な場面での選択に表れます。

人の本質を知りたければ、その人が成功しているときではなく、苦しいときに何をするかを見るべきなのでしょう。

人を測る前に、自分の志を問う

「人を測るのは志」と聞くと、他人を評価するための言葉のように見えます。

しかし、本当は自分自身に向けるべき言葉なのだと思います。

自分には、どのような志があるのか。
何のために仕事をしているのか。
どのような会社をつくりたいのか。
誰の役に立ちたいのか。
何を次の世代に残したいのか。

日々の仕事に追われていると、こうした問いを忘れてしまいます。

売上をつくらなければならない。
利益を出さなければならない。
社員を育てなければならない。
新しい事業を考えなければならない。

経営には、数字が必要です。

数字を軽視すれば、会社は存続できません。

ただし、数字は目的ではありません。

何かを実現するために必要な条件です。

売上を増やすことも、利益を出すことも、人を雇うことも、その先に実現したいものがなければ、単なる拡大競争になってしまいます。

何のために会社を経営するのか。
何のために仕事をするのか。

この問いに対する答えが、志です。

志は肩書きを超える

役職は、会社を離れればなくなります。

売上も、記録を更新する人が現れれば塗り替えられます。

知識や技術も、時代が変われば古くなります。

特にAIの進化によって、これまで専門家だけが持っていた知識や技術を、誰でも利用できる時代になりました。

文章を書ける。
画像を作れる。
動画を編集できる。
データを分析できる。
プログラムを組める。

「何ができるか」だけでは、人の違いが見えにくくなっています。

だからこそ、これからは「何のためにそれを使うのか」が、より重要になります。

AIを使って何をつくるのか。
その技術で誰を幸せにするのか。
効率化によって生まれた時間を何に使うのか。

技術が人の能力差を縮めていくほど、最後に残る違いは志なのかもしれません。

まとめ

物を測るのであれば、共通の物差しがあります。

1センチは、誰が測っても1センチです。

しかし、人には共通の物差しがありません。

学歴、役職、収入、実績、能力。

それらは人の一部分を表しているにすぎません。

人の本当の価値は、何を持っているかではなく、何を目指しているかに表れます。

そして、その志は、言葉ではなく日々の行動によって証明されます。

大きなことを言う必要はありません。

自分は何のために働くのか。
誰のために力を使うのか。
何を残したいのか。

その答えを持ち、行動し続けることが大切なのだと思います。

「物を測るのは物差し。人を測るのは志」

飲み屋のマスターから聞いた、何気ない一言でした。

しかし、人を見る基準だけでなく、自分の生き方を見直すための言葉として、これからも心に留めておきたいと思います。