その男、ハサウェイ・シャツに身を包む

世界最大の広告代理店

WPPグループは、世界107カ国、グループ全体で2,400オフィス、162,000人の従業員で世界最大の広告代理店グループです。日本で最大の電通グループの約3倍の規模になります。

ちなみに、このWPPはWire Plastic Productsの略でワイヤー製買い物かご製造会社だった頃の名残りがグループ名になっています。1987年以降、M&Aを積極的に勧めていった結果、ワイヤー製の買い物かご屋は世界で最も大きな広告代理店へとなりました。

現代広告の父

その広告代理店グループの一つにオグルヴィ・アンド・メイザー・ワールドワイド(Ogilvy & Mather Worldwide)があります。現代広告の父と呼ばれたデイヴィッド・オグルヴィ(David Mackenzie Oglivy)が設立した会社です。

1962年のタイム誌で「広告産業において、最も信頼される人物の一人」と称されました。

1951年にアイパッチをしたロシア人貴族のジョージ・ランゲル男爵を起用したC.F.ハサウェイのシャツ広告は伝説的な広告になっています。

参考:(153)『コピーライターの歴史』(番外−5-1)

クライアントとクリエイターとの関係性

ハサウェイ・シャツとデイヴィッド・オグルヴィのやり取りを見たときに、広告のチカラを感じました。偉かったのは、ハサウェイ・シャツ社のジェッテ社長です。

「われわれの広告予算は小さいです。でも、約束しますよ。あなたとの広告契約は決して打ち切りません。また、あなたのコピーに1語たりとも手を入れません」

広告にケチをつける人たちは、本当のことを理解していません。どうすれば、人の心に伝わるか?

自分たちの言いたいことを言うことが広告ではないのです。自分たちの良さを、声高らかに伝えようとしたところで、受けてはそんなことは一切見てくれはしません。誰だって、自慢話を聞かされることほどウンザリすることはありません。

だから、プロに任せてくれと言うわけです。

上質な商品を「これはいいものです!」と言った段階で安っぽくなりますし、良さが全く伝わりません。なぜ、その商品が良いのか?上質なのか?選ばれるのか?など多角的に分析して初めて見えてくるものがあります。

広告の良し悪しよりも、クライアントとクリエーターとの関係性がとても重要だという事例の一つです。

私も15年程度の経験はありますが、キャンペーンが成功したクライアントと失敗したクライアントとの差は、関係性に依る部分が大きいように感じます。より良い関係性で仕事ができれば、思った以上の効果を生み出します。クライアントが、金を払ってるんだから、こちらの要望を120%達成しろと言われるような場合は、確実に失敗します。

デイヴィッド・オグルヴィの考え方は、一見すると横暴にも見られますが、プロとしては正しいことだと思います。

職人さんに、とやかく言ってはダメなのです。信じて任せるしかありません。

英語のコピーを直訳にすると途端に伝わらない

デイヴィッド・オグルヴィが作ったハサウェイ・シャツ社のコピーの原文はThe man in the Hathaway shirtです。日本語では「ハサウェイ・シャツを着た男」と約されています。

しかし、どうもこの訳に私は良さを感じません。本来の言葉が持つ力が削がれてしまっています。

「ハサウェイ・シャツを来た男」と新聞にコピーが書かれていたら、同じビジュアルでも、その広告に魅力を感じるでしょうか?

かなりチープに見えませんか?ハサウェイ・シャツのエレガンスさは微塵も感じません。

日本語にするならせめて「その男、ハサウェイ・シャツに身を包む」としたらどうかと思うのです。

ハサウェイ・シャツを着た男なのだとしたら、The man of wear Hathaway shirtなのです。これだと、英語のコピーとしても最低です。

あえて、in the Hathaway shirtとしているのです。ハサウェイ・シャツに入っているニュアンスです。体が包み込まれるというニュアンスを伝えたいのです。それを日本語で言えば、「身を包む」になります。

エレガンスさを考えるのであれば、「着た男」ではないのです。

より上質なシャツに身を包む男=エレガンス

ハサウェイ・シャツの特質と利点の本質を捉えるとこのような解釈になり、The man in the Hathaway shirtは「その男、ハサウェイ・シャツに身を包む」とした方が原文のニュアンスに近いのでは無いかと思うのです。