DEATH NOTE

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ちょっと遅めですが、一時期話題になったDEATH NOTE(デスノート)を全部見てみました。

見るまでは、正直何が面白いのか?なぜ話題になったのか?わかりませんでしたが、見ているうちにどんどん話に引き込まれていく魅力は確かにありました。

見たものは、映画版とアニメ版の両方。

はじめにアニメ版を見てからその後映画版を見てみましたが、映画版は時間の関係で内容が変更されていることと、主人公のイメージが合っていない(太ってる?)いなかったのでちょっとがっかりしました。

すべて見終わって感じた事は、よくできた話だと言う事です。

デスノートを巡って繰り広げられる静的な戦いと言うのでしょうか。それまでの少年誌にはない一種独特な世界観と、殴り合いというそれまでのガチンコバトルから頭脳戦という新しい戦いを見せてくれました。

また、背景と人物設定もよくできていると思います。デスノートや死神という話をのぞけば、あり得ない話ではありません。

日本では青少年のよる犯罪が増えているという時代背景と、主人公の持つ一種病的な正義感は精神の発展途上にはよくある話です。

また、世界のバランスをとろうとする組織の存在。これは、こうしたオカルト話には必ずと言っていいほど出てくるフリーメーソンの存在をにおわせます。

天才的な二人が互いの知恵を絞ってやり取りする様は、その決断力の早さとスピード感もあって見ている人を引き込みます。
聡明さとは、その人の行動を左右するものだと言われていますが、行動を決定づけるのは決断力です。
どんなときも、いかなる場合にでも冷静になりその場にあった的確は何段ができる事。これが、聡明さを表現するには最適です。原作者はそうした事をふまえているかのように話を展開するため、見ている人には戦っている二人が互いに聡明である事を決定づけます。

もう一つ特質すべきは、群衆の心理を良く理解しているという事。群衆それ自体には明確な意志は存在しませんが、そこに第三者の意思が加わると世論を作り出したり、暴徒と化すのです。それを行える手段は、インターネットとマス・コミュミケーションです。その中でもインターネットは、状況を生み出しやすいメディアであり、この作品中でも、はじめにインターネットで話題になって、そこから火がついたような状況を生み出しています。
それは、実際に起こりうる事でもありとても自然に見ている側は受け取った事でしょう。

私が考える、良い作品とは、その作品を見てどれくらいの気づきを得られたかという事です。
ここまで書いてきた事を見てもわかるかと思いますが、デスノートはかなり良い作品である事は間違いありません。何より、時勢に合っている。

こうした時勢にあった作品は、後世にその時代の世界観を読み解く上でも重要な役割を示すわけですが、それは、我々が天寿を全うした後の話でしょう。