「それは、私も考えていた」というのは簡単です。

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ちょうど、今から8年ほど前、
まだインターネットがISDNが最速で誰もがNTTのテレほーだいという引きこもり製造計画に参画していた時期の話です。

そのころ、私は大学生でした。
ちょうど始めた買ったPC(NECバリュースターで当時30万もした)でインターネットというものに触れ始めたころでした。
その2年前ぐらいには、楽天やYahoo!がオープンしていたりします。19世紀終わりというと、何だかはなはだしいですが。。。

ネットワークのスピードは64kが最速という、まだまだ可能性を十分感じられる時代でした。

そんな時代だったわけですが、私は、Second Lifeのようなものを考えていました。ただし、
それを実現するための行動は起こしませんでした。

なぜなら、そんな夢物語は不可能だと思ったからです。できないということが、私の結論でした。

しかし、現在、Second Lifeは存在します。彼らは、それができると結論付け、そして行動したのです。
これが結果なのだと思います。

そもそも、仮想空間の町という発想は、私の大学での専攻が社会学だったのも影響しています。そして、
インターネットの可能性について強い思い入れがあったことも、こうした発想を生んだのでしょう。しかし、アイディアの段階で、
終わってしまいました。

いま思うと、あのころはいろいろな可能性を想像し、面白いアイディアもいくつかあったはずですが、
結局やり方が分からないというできない理由を持ち出して、すべてをダメにしていました。

いま思うと、やり方なんて言うのは、別に知らなくても覚えていけばいいだけなのです。

ただ、今となっては、あのころのような奇抜なアイディアというのは出せなくなってしまっています。

まさに、ジレンマですね。