Media or technology?

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とどのつまり、ITは、メディアかテクノロジーかのどちらかに、集約されます。と、実は前にも書いていますが、今回はかなり深く掘り下げてみました。

もともと、ITの恩恵には新しいメディアとしてと、新しいテクノロジーとしての2つがはじめから準備されていました。メディアとしての側面には、これまでの地上波と呼ばれるTV、ラジオ。紙媒体の新聞、雑誌。そして、それらに続く第三のメディアとしてのコンピュータネットワーキング。古くは、聖書の印刷から始まったといわれるペーパーメディアは、新しいメディアが主流になったとしてもその存在を消すことはありませんでしたし、今後も無いでしょう。また、電波を利用した媒体もマス=メディアとしての役割をしっかりと果たし、マスコミュニケーションという新たな概念を形成するにいたりました。

こうしたメディアの発展は、人の知的欲求によって引き起こされるものであり、またその欲求を満たすために発展してきました。

最も原始的なコミュニケーションの手段として言葉がありました。それは、聖書の冒頭でも言われているとおりです。他の動植物とは違い人が人であるためには、まず言葉が無ければならないのです。(ただ、人間は言葉というコミュニケーション手段を持つために嘘をつくのです)

しかし、人はこのコミュニケーション手段に不満を持つようになりました。

「直接的に伝えることには最適だとしても、間接的に伝えることが難しい」と。

伝言ゲームは、はじめの人から最後の人まで情報を伝えることが難しいと教えてくれます。うまく伝えるには、言葉どおりそのまま伝えることがポイントですが、人間同士の対面によるコミュニケーションでは、言葉どおりには意味は伝わりません。というのは、そこに情緒(感情)が介入してしまうためで、そしてそれが時としてまったく違う意味合いを伝えてしまうのです。直接的なコミュニケーションをとる場合は、面談形式でのコミュニケーションに勝るものはありませんが、間接的コミュニケーションをとる場合には、あまり向いていません。

そこで、文字による伝達手段が考えられました。(といっても、文字は本来最も呪術的な部分から発生しているものなので、正確にはコミュニケーションの手段として生まれたわけではありませんが)現在も、約束事には書類で取り交わすケースは続いていますし、中世に発祥した印刷も存在し続けています。しかし印刷物は、特定の人にしかいきわたらないという問題があります。そしてそれは、印刷物の限界でもあるのです。

製本技術が発達する以前は、写本という形でひとつの本を写すことが一般的でした。写本は読み書きする能力(リテラシー)が必要なのです。特に古い時代では、こうしたリテラシーを持った人間は限られており、主に宗教関係者かもしくは貴族というごく限られた人々にしか教育されなかったのです。

実は、文字情報は基礎としてリテラシーが必要なため、それを持たない人には情報を伝えることができません。教養の高い国では当たり前のように行われていることでも、そうでない国では、その広がりはごく一部に限定されてしまうのです。

そこで、言葉をそのまま伝えられるのであれば、リテラシーは必要ないのではないか?また、もっと多くの人により多くの情報を伝えられることはできないだろうか?と考えるようになります。そして、ラジオという電波を使った情報伝達手段が生まれました。

ラジオは、言葉をそのまま伝えるため文字を知らない人でも十分情報が得られるということでより多くの人たちに支持されました。この電波による情報伝達はその後テレビへと進化し、より分かりやすく情報を伝えることに成功しています。

こうした技術進歩は人々に情報的豊かさを提供し、誰でも手軽に新鮮な情報を得ることが可能になったのですが、弊害として思考力の低下が起こってしまいました。人間は思考するとき言葉を用います。感覚的な部分においては全く思考することなく感じたままを表現すればよいのですが、考え人にその考えを伝えるには言葉によってコミュニケーションをとらなければならないのは基本です。

思考力が低下すると、モラルや倫理観も一緒に低下していくという説もあります。

インターネットはもともと軍事利用目的で開発されましたが、それがアメリカの大学ネットワークに応用されて初めて広がりを見せました。大学ネットワークが基本ということとは、大学レベルの知識と教養が初めは必要だったということです。情報を発信し、受信する相互的コミュニケーションとしてITメディアは今も進化し続けています。

これまでのIT分野はどちらかというとテクノロジーの面が強く、インフラの整備がなってこそ初めてそのメディアとしての役割が達成できるわけですが、日本においてはすでにインフラに関してはほぼ整備が完了したと言えるでしょう。これからは、メディアとしてのITがより広がりを見せると予測されます。実際に、インターネット広告関連会社は業績が好調のようです。(インターネット広告サービスのサイバーエージェントの今中間期(06/3期)の連結業績は、売上高が前年同期比45.1%増の271億33百万円、経常利益が同62.3%増の12億87百万円となった。:モーニングスター調べより)

ITがメディアとして台頭してきてからというもの以前のメディア(テレビ・ラジオ)に対する依存度は下がる一方です。(インターネット白書2006によればインターネットの影響で利用が減ったメディアは、「地上波テレビ」(41.3%)、「雑誌」(37.5%)、「新聞」(29.4%)がトップ3)特にテレビに関してはあまりみないという人が特に首都圏在住の20代~30代の顕著に見られます。

ただ、ITメディアにも情報に規制がかかりにくいというデメリットが存在します。自由主義というと聞こえはいいですが、無法地帯とも表現される面です。犯罪につながるような情報も豊富にあることには、危険性さえ感じます。

今ITメディアの深耕に伴い、考えなければならないことはテクノロジーとしての面ではなく、情報に対するモラルとしての面だと思います。必要な情報が必要なときに入手できるという点は、評価されますがその情報を扱う人のモラルや価値観というもっと精神的教育が今後より必要になってくるのではないでしょうか。