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手記 Archive

Nikon D60

ついに買ってしまいました。

デジタル一眼レフなどは、自分に不必要なものとばかり思っていたわけですが、最近お手軽になってきたため、自分にも手が出せるかなぁ?と魔が差したのです。

実際は、ボディーだけ購入したので、5万ぐらいでした。(レンズは会社の人から安く譲っていただきました。)

せっかく買ったわけですから使わずにはいられないわけで。いろいろとお盆休みを利用して撮りまくった次第です。

その中で、結構よくとれた写真をPicasaにUPしてみました。

water lily 08/08/16

ハスの花が咲き誇っている場所があるという情報を入手し、すぐさま現地へ直行。

バシバシ撮ったのですが、どうも同じようなカットが多くなってしまいました。

まだ、見習中なので、そこはご愛敬。

10年という歳月

10年という歳月の中で、とてもいろんなことを学んできたようにも思います。10年前に書いた日記を読み返すことによって、それがはっきりと認識できるのです。

目標は紙に書いておくと達成するという成功哲学を知らない時分から、書き始めたものの中には、すでに達成したものもいくつかありました。

ひとつは、大学受験。

ちょうど、その時の目標はそこに集約されていたようにも思います。順調ではなかったにしろ、念願かなって大学に入学し、卒業を迎え、今ではそんなことを振り返ることもなく生活しています。

目標を達成することは、このとき学んだような気がします。

大学入学後は、起業家を目指していました。ただ、その時はまだ自身もなく、知識も不十分でまずは勉強をしようと近い、さまざまなビジネス書を読みあさり、成功哲学についても多くの書籍を読みました。

たぶん、その時々で独立するチャンスはいくつかあったように思いますが、不安が先立って結局何もせずにいたのです。

確か2000年ごろだったかと思いますが、楽天の三木谷社長がNHKの取材を受けた番組を見たことがあります。その時はまだ、楽天を今から立ち上げるという準備段階でしたが、それを見ながら、これからはインターネットの時代だと確信しました。

そこから、パソコンを購入し、当時はまだISDNすら新しい時代にインターネットを始めたのでした。それ以降、詭弁論考というテーマもあいまいな随筆を続けてきたのです。

しかし、それ以前は何も書いていなかったのかというと、そうではありませんでした。

実はつい最近までそのことに気がついていなかっただけです。先日、10年前の日記を手にとって見たとき、まさに自分の青春がそこに記されているように感じたのです。だから、内容も青臭いものばかりです。でも、今も多くの青春を謳歌している人たちがいるわけですし、そんな人たちの助けになればと思い、掲載可能なものだけを抜粋していきます。

カテゴリは、手記と題しました。

20歳前後のときは、将来に対する不安と闘いながら、それでも一生懸命に頑張ろうとしている姿がありました。それは、今の人たちもあまり変わっていないかもしれません。

1997.11.11

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年11月11日 00:06
  • 手記
自分の甘さが、希望の進路をふさいでしまった。
考え方もそうだが、自分へのおごりなどが僕を落胆させる結果を生んだ。

何年たっても自分への甘さは消えはしない。
それを消すために、あえて推薦を蹴って勉強したのにもかかわらず、結局今までの付けが回ってきたのだ。そして、僕は今までそれに気づくはずもなかった。

最終的に結果が全てだとしたら、良い結果を出すために良い工程が必要なのだと思う。
それは、努力や頑張りという言葉に置き換えられるだろう。

今しなければならないことは、今しかできないし、今するしかない。

そうでなければ、いったいいつするのだろうか。

そのことは頭で理解したつもりでも、いろいろな要因が重なってできなかったりする場合もある。でも、それは自分自身への甘さが言い出す泣きごとに過ぎないことを、
今日、僕は初めて知った。

1997.11.10

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年11月10日 00:01
  • 手記
恋愛観は人それぞれ。
人を好きになることは自由で、そのことについては誰からもとがめられることはない。

だけど、僕は恋愛に自信がない。

それは、あまり自分が好きじゃないから。それでは、ほかの人を愛せるはずもない。まず他人を見つめるよりも、自分を見つめないとだめだ。

女の子と付き合うのは嫌いじゃないけど、段々変ってゆく自分がたまらなく大嫌いだ。

最近の歌は、恋愛観なんかをうたっているものが多いけど、果たしてそれのどこに意味があるのだろう。なぜそれが必要とされるのだろう。

今の世界に必要なものはもっと違った形の愛なのに。

誰もがわかろうとしない。

パスカルは「無意味なものより意味のあるほうが良い」といった。

1997.11.09

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年11月 9日 23:49
  • 手記
将来僕はいったい何をしているのだろう。
不安だけしか見えてこない。

自分のことがよくわからない。

みんなこんな感じを抱いているのだろうか。

夢も希望もなく、絶望と不安を無表情な仮面の下に隠して。

時代の流れが速すぎて僕はついていけるのだろうか。

社会という自然の法則の中で、生き延びることができるのだろうか。

人にはそれぞれやるべき仕事があるはずで、それはすでに決まっていることだ。

知らず知らずのうちに人はそれに向かって生きている。

しかし、僕はそれが何なのか見えてこない。様々な分野で活躍している人は、それが子供のころからはっきりと見えていて、それに向かい努力をしている。

いつも今日を後悔し、明日を不安がる。

はっきり言って自分の生き方に自信がない。

1997.11.08

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年11月 8日 23:40
  • 手記
かなりの期間、日記をつけていなかった。
決して忙しかったわけではないのだが、気持ちがだらけてしまっていた。
まったく自分自身のことながら、情けない。自分の甘さがこれほどのものかと実感し、少し失望した。

とりわけ良くも悪くもないことが、かえって自己に対しての、甘さを生み出すように思われて仕方がない。

持続するということができない。何事も続かなければ意見を成さないことは分かっているはずなのに。そんな風に反省をしたところで、今日の出来事を書いていく。

今日は、古びたノートを見つけたのでパラパラと眺めていたら、面白いものが書いてあった。
それは、多重人格の恋人を描いた恋愛小説のようなものだったが、それも、途中までしか書いてなく、がっかりした。

本当に、継続性がない。

1997.10.25

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月25日 23:37
  • 手記
日記というより随筆になりつつある。
勉強しているといろいろなことが頭を交錯する。

今日は、神になった人間について考えていた。
正しく言うと神格化された人ということだけれど。

もっとも有名なのは、誰でも知っているイエス・キリストだと思う。
それから、仏陀にムハンマド。
昔のことはよく知らないが、この人たちは最初の哲学者だったのかもしれない。
自分の哲学を多くの人たちに教えることによって、徐々に神格化されていったのだと思う。

特にキリスト教では三位一体説というものがあり、それが僕の説を証明してくれると思う。

僕の中ではもう一人、神になった人がいる。それは、ジョン・レノン。
僕は彼の歌が好きだし、生きていてライブをしてくれるのであれば、地球の反対側にだって行ける。彼もまた、神格化された一人だと言っても過言ではない。

そうした人たちに共通していることは、生前、多くの人たちに愛され、そして人々を幸せに導いたことだ。宗教はもちろんそうした力があるのだろうが、僕は音楽にも同じような力を感じずにはいられない。

人々の幸せを願うがゆえに身を犠牲にしてそれを与えた。そういった人たちが神になるのだろうか。

僕は神になろうとは思わないが、なるべく多くの人にやさしくしようと思っている。人は誰かにやさしくされると、自分も他の誰かにやさしくなれるから。

やさしくされて嫌がる人はいない。

でも、お節介にならないことが大切だと僕は思っている。

1997.10.21

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月21日 23:20
  • 手記

最近、どうも日記を書くことが減ってきている。毎日書かなければならないものをあまり書かないのは良くないと思うが、忘れてしまうのだ。
それは、習慣づいていないからだと思うのだが。
文章がうまく書けるようにと始めた日記なのに、これでは意味がない。

今日の出来事を書くこともよいが、最近思っていることをまとめて書くことのほうが、考えもまとめられ練習にもなるので、今後はそうしたことを心がけて書いていこうと思う。
そして、今日はその第一弾だ。

最近TVでは、よく「世間は病んでいる」とか「日本は病んでいる」などと耳にするが、いったいどうしてなのだろうか。まぁ、いろいろな考え方はできるが、ここは自分流に考えをまとめておきたいところだ。

現在、「日本が病んでいる」ということは「以前はそうではなかった」からそういう意見が出るのだろうとおもう。(昔のことはよくわからないが)
そう考えると、少なくとも「日本にも病んでいなかった時代」はあったはずだ。そもそも、日本が病んでいるというのは、日本人の心の問題であって、身体に問題があるわけではないということは、誰もがわかっているはず。
とすると、その心の問題に影響があり、昔はあったが今はなくなってしまっているものはなんだろうかと考えてみる。

僕なりの考えでは、昔はそれなりに宗教的なものを信じる人は多かったはずで、今はそれが少なくなってしまっていることが原因だと思う。
仏教に始まり、神道、土着信仰、アニミズムなどなど。。。

こうしたものへの信仰心がなくなったというよりは、関心がなくなったのだと思う。そうしたものを古臭いだの、時代遅れだの、ばかばかしい発想だのと言って見向きもしなくなった。
ではなぜ、それが原因だと思うのか?
しかし、その前に宗教を定義しておく必要がある。そもそも、宗教は哲学である。哲学には全体哲学と個人性格哲学の2つに分類できる。もちろん、宗教は前者だ。ちなみに、個人性格哲学というものは、僕が名づけた。たいていの哲学者の哲学というものはどうもその人の性格に基づいて形成されている節が多く、自己の考え方を人に示すようなものだからだ。(多少例外はあるにしても)

それに対して全体哲学(宗教)は人々の考え方のもととなる場合が多く、原理原則なのである。全世界の人々は、必ずと言っていいほど何らかの宗教的儀式にかかわっている。そして、多くの人はその宗教とともにあり多くのことをその宗教から学ぶ。またそれが個人を形成する上でも重要な役割を果たしている。たいていの国ではそれは一つであることが多い。
しかし、日本の場合はその多様性には目を見張るものがある。
日本には、もともとアニミズムといって自然のすべてのものを崇拝する慣習があった。その考え方が根底にあったからこそ、多くの他の宗教を受け入れることができた。また、日本においての宗教は政治的に利用されてきたという歴史もあるが、それはまたの機会に譲るとしよう。
多種多様な宗教がまじりあって、日本人的慣習を作り上げている。
年の始めは神社に初詣(神道)に行き、クリスマス(キリスト教)は街が恋人たちであふれ、大みそかは除夜の鐘(仏教)を聞きながら年越し蕎麦を食べる。
年間でも3つもの宗教的儀礼をこなす日本人は、外国の人が見ると、いったい何教なのかと疑問に思うことは間違いない。(クリスマスは本来恋人同士で楽しむものではなく家族でお祝いすることが正しい)

ただし、忘れてはならないのは、そこには理念は全くないということだ。これだけの宗教的儀礼をおこなっておきながら、まったく一貫した理念はない。日本人の多くは形にこだわるとはよく言ったものだ。形式だけにとらわれ、本来の教義をまったく無視している。これはもはや神への冒とくだととらえられても仕方がない。

そうした結果、宗教的価値観は失われてしまった。ニーチェの言葉を借りるならば、まさに「神は死んだ」のである。そして、それが引き起こした代償はあまりにも大きかった。それは、神を冒とくした日本人への罰ととらえるべきなのだろうか。

そして、心を病んだ多くの日本人は、新たな神を探すか(新興宗教への入信)病んだ心のまま社会に解き放たれ、異常な事件を起こす。

心の平安を取り戻すには、まずお寺に行って坊さんの説法でも聞いてきたほうがいいかもしれないが、そうしたことをすること自体を心のどこかで否定している。結局ここでも世間体(かたち)にこだわってしまうのだ。
結局は、精神科医にかかったりしなければならないのだったら、お寺に行っていたほうがいいと思うのだが。

こうした心の問題は、徐々に広がりを見せている。

薬は、自己の自然治癒力を助ける役目だけと言われる。薬のおかげで治ったのではなく、自分の自然治癒力のおかげで治っているのだ。

心の病にも、よく効く薬は存在する。

1997.10.09

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月 9日 23:19
  • 手記

明日は、休みだというのに忙しくなりそうだ。
そんなことを考えていたら、勉学にいそしむ気持ちも薄らいできてしまった。

そんな中、勉強をしているときにふと思ったことがある。
「なぜ戦争がなくならないのか?」
もう21世紀になろうとしている昨今、人は争いをまだ続けている。科学技術は進化をしてきたが、人間の精神はこの地球上に降り立って以来、あまりめまぐるしい進化は遂げていないのではないだろうか。
小さい頃、戦争とは善と悪とがあって、善いほうが必ず勝つものだと思っていた。そして、たいていのアニメや映画はそういう作りになっていた。しかし、それは片方だけの視点で描かれているものであって、勝ったほうが善だった。
僕が常に見ていたものは全て善であり、負けたほうが悪なのだ。しかし、そうした勧善懲悪てきなものにいささか疑問を持つようになった。(善悪の判断をつけさせるためにはそうした教育も必要だろうが)
それは、戦争を起こす人は欲望のために起こすが、戦う人たちはみんな自分の「正義」のために戦っているのだと思う。
自分が悪だと思って戦う人はあまりいない。自分こそが正義だと思えるからこそ人は戦えるのだと思う。
その人の中にある「正義」を誰かが利用しようとするから戦争が起こるのだと思う。

正義が必ずしも正しいことだとはいえないかもしれない。他人からすれば、それは悪に当たることなのかもしれない。そんなことを考えたら、自分の正義だけを振りかざすことはできなくなるのではないだろうか。

人の心が進化し、考え方をあらためれば、人類の未来は明るいだろう。

1997.10.07

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月 7日 23:18
  • 手記

今日は少し、考えたことをまとめて書いてみたい。

ソビエト連邦が崩壊して、共和制という思想が大きく揺らいだ。
今の北朝鮮も亡命者が相次ぎ、国内は食糧不足などで大きくから向きかけている。
そういった国が最終的に行使する手段の一つとして戦争がある。今まさにそんな時期に
さしかかっているかもしれないという不安がよぎる。
もともと、共和制というものは、イギリスのオーエン、フランスのサン=シモン、フーリエなどによってつくられた仮想的社会主義が原点だと思われる。
その後、ドイツのマルクス、エンゲルスらによって、生産関係、生産力を中心とした歴史の見方「唯物史観論」が提示されたたことによって、共和制の基礎原理が誕生した。
それをより具現化したのがかの有名なレーニンである。
その後、中国の毛沢東がその思想を取り入れ、中国を共和制にしたが今の中国は、香港の返還により、民主化が進められ完全な共和制とは言えなくなっている。

誰が、1世紀前にこの状況を予測できただろうか。約100年足らずで共和制が崩壊することを。(現在も共和制により国家を運営する国はあるがその体制に入ることが若干遅かったため現在も生き残っているのだと思われる)

そうした状況を踏まえると共和制にはいくつかの問題点があったのではないかと思う。

まず一つ目は、国がすべての財産を管理すること。
一見するとこれは良いことだと思われるが、すべて管理するということはそこから派生するであろう税金が見込めないということだ。民主制の場合、土地や建物、その他の財産はそれを所有する個人が管理するが、一定の税金を課す仕組みで間接的に国が管理する。
そうすることによって、管理責任の一部は個人に委ね管理しやすくしている。

二つ目は、貧富の差がないこと。
これも、一見すると良いことのように思われるが、ここにも税収的な問題がある。逆に貧富の差があれば、高所得者から高い税金を取り、低所得者に還元できるのだ。これは、実際に日本で行われていることではあるが。

ここまでは、税収面においての問題点だが、国も、会社も人も、先立つものがなければ立ち行かない。しかし、その金額は組織が大きくなるにつれ比例して大きくなっていく。より大きな国はより大きなお金が必要だ。

最後に、最大の問題点として人間の考え方は人それぞれだということだ。
大きなる理想の旗印のもと、国民全員が同じ方向を見ているうちはいいだろうが、理想だけでは国はまとまらない。(理想がない国というのも問題であろうが)明日食べる分の食料すら確保できない状況では理想は必ず陳腐化する。中には、そうした理想に対して疑問を持つ人間も出始めるだろう。十人いれば十通りの、百人いれば百通りの考え方や欲求があるはずなのに、それらを認めることはできない。人間の多様性は認められないということだ。
それに疑問を持ったり、嫌気がさした人から国を去る。いわゆる亡命だ。

共和制は貧富の差をなくすという建前はあるが、国全体が貧しくては意味がない。しかも、政府の高官たちは、裕福だから始末におけない。

崩壊していった国々をみると、人が幸せに生活できるような社会システムではなかったと結論付けられる。

共和制の問題点ばかりを述べてきてしまったが、資本主義にも対処しなければならない問題は多く存在している。共和制の崩壊が、資本主義社会の問題解決に役立てる方法はないものかと考えてはいるが、結局今は結論が出ない。

1997.10.06

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月 6日 23:17
  • 手記

4日も日記を書かかなかった。
特別忙しいわけではないのに。。。

でも、過ぎ去ってしまったことは仕方がないので、今日のことを書こう。

今日は、とても億劫な一日だった。
体はだるく、すこぶるねむい。

夜、シンヤが遊びにきた。
そして、そのままバイクで走りに行った。
外は寒く、もうすぐ雪が降る季節。

冷たい風が僕のいらだちをすべて持っていってくれた。
すごく気持ちよかった。

久しぶりの夜風は僕をやさしく包んでくれて、癒してくれた。
明日はいい一日になりそうだ。

1997.10.2

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月 2日 23:15
  • 手記

毎日、日記をつけていると嫌でも机に向かう。
これは僕にとってはかなり良いことだと思う。

今日、やっとのことでテストも終わり、ひと段落ついた。
しかし、最終目標である大学入試はこれからだ。
明日からは毎日勉強しなければならない。

普段勉強をしない僕にとって、一つの覚悟が必要だ。

決心も固まったところで、・・・明日から頑張ろう・・・。

そういえば、今日学校帰りに友達のカズシにあった。

カズシとは、かなり久しぶりにあう。もう半年ぐらいあっていない。
そう、あの事件以来…。

あまり、思い出したくはないのだが、たぶん、この日記を始めることになったのもこの出来事があったからだと思う。

僕は、半年前ある人と付き合っていた。
彼女とは小、中学校が同じで、一緒に勉強した仲だ。高校に入るまでは、よく知っている二人だった。

でも、高校に入学してからは一度も顔を合わせたことがない。
どこで何をしているのかなどは、お互いに知ることもなかったし、知ろうとも思わなかった。

そんな二人だったが、高校3年の春に偶然再開した。

こんなのは、よくある話だ。

それまで僕の知っている彼女の姿は、幼い頃の活発な印象だけ。異性というよりは仲のいい友達という感覚。
しかし、女性は変わるものだ。自分だけが変わっていないのではないかと不安になるぐらい変わるものだ。

久しぶりに会った彼女には、幼いころの面影を残しつつも女性を感じるだけの十分すぎるほどの魅力があった。
たぶん、今思えば、その一瞬で恋に落ちていたのかもしれない。

その時は、そのまま別れたが、数日たっても彼女の姿がまぶたに浮かぶ。
いてもたってもおられず、自分から家に電話をした。
(同じ中学なので、自宅の電話番号はよく知ってる)

そして、二人で会う約束をし、電話を切った。

何を話したのかなんてどうでもよく、彼女と一緒にいる時間だけが僕にとってすべてだった。
もう、彼女なしでは何もできないような気すらしていた。

その後、何度となく二人で合う回数を重ね、次第にその思いは自分ではとめることができないくらい大きなものになってしまった。

そんなある日、彼女の友人の一人から
「実は、あの子別の人と付き合っているだよね。」
という話を聞いた。

なぜ、その友達がそんなことを言うのか?とも思い、はじめは信じなかった。
彼女も、僕のことを好きなんだろうと信じていた。
しかし、次第に不安にもなってきた。その話が本当だったらどうしようか。。。

わかれるか?

別れられるのか?

本当のことが知りたい欲求と、その話が本当だったろと思う不安。
結局は、彼女には悪いと思いながらも、調べせてもらった。

彼女がほかの男と付き合っているというのは、本当だった。

正直がく然とした。

心の中に風が吹いて、僕をどこかに飛ばし去ってしまった。ショックだった。

泣きたいぐらいかなしいけれど、涙は出なかった。
それから数週間、茫然自失の毎日を送らなければならなかった。

そろそろ、心の整理をつけなければならないと思い始めた矢先に、
彼女の友人から連絡があった。
彼女も今のままだとよくないということは考えていたようで、
「今の彼氏と別れて、僕と付き合いたい。」と相談されたというのである。

しかし、僕の心はすでにブロークンハート。それは周知の事実であり、彼女もそれを知っていた。

だから、いまさら何と言えばいいのかわからないと。。。

彼女への思いを捨てきれずにいた僕にとっては、まさに渡りに舟。
一筋の光が心の中に差し込んだ瞬間だった。

次の日、僕のほうから電話をして「正式」にお付き合いをすることになった。

(たぶん、この時すでに歯車は破滅に向かっていたのかもしれない。そして、僕は純粋すぎた)

人を好きになる喜びと、彼女への愛で、僕の心は満たされていた。それ以上何もいらないというぐらいに。
このままずっと一緒に過ごせたらいいと思った。そして、誰かを愛することがこれほど幸せだったのだと
初めて知った。
僕は、彼女から人を愛することを教わった気がする。

しかし、その幸せも長くは続かなかった。
なぜならお互いに信じ合うことができなくなってしまったからだ。

ことの発端は、どちらにあるのかよくわからないが、お互いに合う回数が減り、会う時間も減っていった。
彼女を誘おうとすると、何かと理由をつけて話をはぐらかし、ほとんど会わないという状況が続いた。

そのころ、よくつるんでいた仲間が3人いた。
一人は誰かも一目置かれ、女の子にもかなりもてたヒデカズ。
もう一人は、いつも陽気なカズシ。
そして、三人目は硬派を絵にかいたようなマコト。

彼らは、僕の彼女のことはよく知っており、何度か会ったりもしているし、一緒に遊んだこともある。
僕の中ではみんな信頼できる仲間だった。

その中の一人、ヒデカズが最近、マコトの様子がおかしいと教えてくれた。
マコトは僕に、「彼女とは別れたほうがいい」とよく言っていた。しかし、僕は正直迷っていた。
彼女のことは好きだし、一緒にもいたい。そんな状態で別れられるのか?

昔見た映画で「最高の愛は犠牲愛だ」というセリフを思い出した。
もし、彼女のために別れることも必要ならば、それは仕方のないことだと思い始めていた。

そんな矢先、ヒデカズがやはりどうもマコトの行動がおかしいというので、
一緒に後をつけることにした。

どうやらマコトは誰かと待ち合わせをしているようだった。
そして、数分後、そこに駆け寄ってきたのは、彼女だった。

その光景を見て、怒り半分、悲しさ半分がこみあげてきて、
僕の心はまるでピカソのゲルニカに酷似していた。

途中、見失いそうになったが、事の真相を確かめるべく、二人を追った。
そして、ちゃんと話をしなければならないと思い、二人に駆け寄った。
その場を見られた二人は、意外と冷静だった。

一体どうなっているのか?
状況を飲み込むまでにかなりの時間がかかった。そして、彼女と話し始めた。

どうやら、僕に対して何らかの不満を抱いているようだった。
それが何なのかまではわからないまま、「私の気持ちも知らないくせに…」
と言い残し、彼女はその場を去ってしまった。

追う気にはなれなかった。自分自身への不満。
それが何なのか?まるで見当がつかない。まるでその場に根を張ったように
じっとそのことだけを考え続けた。

そのあと、場所を変えてマコトと話をすることにした。
彼が真実を知っている。僕はそう確信した。

遅れていった場所には、カズシとマコトがいた。
そして、事の真相を二人の口から聞くことになる。

それによると、どうやら彼女とヒデカズは
付き合っているらしい。

もう、何を信じればいいのか?だれが本当のことを話しているのか?
まったくわからなくなっていた。むしろ、真相などどうでもよいとさえ思っていた。
何も考えたくないという思いだけが、強くなる一方で、同時に虚無感が体全体を突き抜けていった。

ただ、目の前にある現実だけからは目を背けることはできなかった。
その残酷な現実は、生きる気力も、楽しみも、哀しみもすべて流してしまった。涙の代わりに。

それから数日後、ヒデカズが僕に話があるといい、
河川敷の小さな公園で待ち合わせをした。
すでに日は沈み、街灯の明かりだけがさみしそうに
その場を照らしている。

いまさら何を。。。僕は負けたんだ。。。君に。

ヒデカズは二言、三言、会話を交わしただろうか。
不意に殴りかかってきた。

自分ではどうすることもできなく、何度か殴られている
うちにカズシとマコトが割って入ってきた。
自分自身、もう限界だったんだろう。
その時のことはあまり覚えていない。

しかし、それ以来ヒデカズとは一切口を聞いていない。

結局、何が悪かったのか。誰が悪かったのか。
わからずじまいだったが、今となってはもうどうでもいいことだ。

そんな出来事があってからというもの、その時の仲間とはほとんど
顔すら合わせていなかった。
自分自身、誰とも会いたくない気持ちでいっぱいだったからだ。

でも、今日、カズシとあった。
カズシは元気そうだった。お互いに近況報告をして、別れ際に
いつもどおり腕を二回あげる挨拶をした。

カズシにあえてうれしかった。
なんだか、頑張る気が起きた。

そんなたわいもない出来事だったが、僕にとってはとても長い一日のように
日記も長くなってしまった。

やっぱり毎日が同じ長さだったら、つまらないよ。。。

1997.10.1

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年10月 1日 23:14
  • 手記

今日から世間一般は衣替え。
夏服の涼しさから一変し、冬服の重々しさを感じた。
ある意味では、新鮮だともいえるが。。。

今日もテストだったが、かわり映えしない一日。
ここ最近は何をするにしても冷めた態度で生活している。

なのに、なぜか周りを気にして
「僕のことをみんなどう思っているのだろう?
…別に関係ないけど…。」
なんて思ったりする。

クラスの女の子とは、まったく話を交わすことはない。
普通なら、何かしらの接点があってもいいはずだが、
そんなものは全くない。

これは、悲しいことなのだろうか?

とても嫌われているのかもしれない。

もし、嫌われているとしたら…。

…別にどうってことはない。
人類の半分は女なのだから。

1997.9.30

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年9月30日 23:10
  • 手記

今日、ふと考えことをした。
人の上に立つべき人は、どのようにあるべきか?

福沢諭吉の「学問のススメ」にあるように、人は必ずしも生まれつき偉い人はおらず、人は生まれたときはみな平等なのだ。

しかし、人の上に立つ人は、努力や才能があるはずなので、必ずしも「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」は成り立たなくなる。

今、この世界では民主主義が絶頂を迎えたが、そろそろ本当の意味で人を導くものが必要なのではないだろうか?

堕落した民主主義は、絶対王制より見苦しい(国王の良しあしによるが)

人が人の上に立つことは難しいことであり、こんにちの政治家のように毎日毎日、頭を抱え、カメラが回れば作り笑顔でいなければ勤まらない。

もし、神という存在があるのならば、この状況から救ってくれるのだろうか。

「神」というと、宗教的議論を呼んでしまいそうだが、世界中には多種多様な宗教が軒を連ねている。

僕としては、宗教というもの自体はあまり好まない。
興味はあるものの、それにすがってお祈りをするようなことはしない。神に祈りをささげている時間があれば、もっとほかにすべきことがあるはずだ。(こんなことを真っ向から言うと怒られるだろうが)

しかし、宗教は人が作った心の支えなのかもしれない。
人が作りしものはいずれは滅びるが、人を超越したものは永遠ということなのかもしれない。

話が大幅にそれてしまったが・・・要するに、人の上に立つには、絶対的な力ではなく、絶対的な存在が必要なだろう。

ニーチェのいう虚無主義に人々が陥っていると仮定するならば、それと同時に超人という絶対的な存在も必要されているのではないだろうか。

そう、それは神のような絶対的な存在。
(宗教に対しては肯定も否定もしないが、便宜上神という言葉が最適だから使った)

今日は、わりと書いたほうだと思う。
でも、いったい何を言いたいのか全く整理がついていない。特にあとのほうはもはや意味不明。
考えても、考えても、答えは見つからないし、果たしてそこに答えがあるのかさえ分からない。
哲学は、人それぞれの考え方なのかもしれないが、すべての人に共通の哲学があればいいと思う。
たぶん、それを見つけることができるのは、神だけなんだろうけど。

1997.9.28

  • Posted by: マルコ式
  • 1997年9月28日 23:08
  • 手記

今日もまた終わろうとしている。
刹那の中で。

毎日が同じことの繰り返しで、
同じビデオを擦り切れるくらい繰り返し流しているよう。

現実に飽き、平和に飽き、生活に飽き、生きることさえ飽きてきた。

日記を書いてみたけれど、いったいこれいつまで続くのか
少し不安になってきた。
たった3日で終わりなんて、本当の「3日坊主」
何とかしなければという気持ちとは
裏腹に。。。

よい明日を夢見て。

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