共有の経済学

経済学では、経済人が活動することが前提になっていますが、そもそもこの経済人と呼ばれる人は、血も涙もなく人の心をどこかに置き忘れてきた人を指します。

そこまで言わなくても。。。と思われるかもしれませんが、実際そうなのです。そもそもの原因は、経済学の父と呼ばれるアダム・スミスです。

経済人(けいざいじん)またはホモ・エコノミクス (homo economicus) とは、アダム・スミスが考え出した人間モデルで、経済活動において自己利益のみに従って行動する完全に合理的で冷徹無比な存在。実際の人間の行動を近似したモデル。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

つい最近までは、経済学といえばアダム・スミスより脈々と受け継がれてきたこの経済人が前提での話でした。しかし、2002年に行動経済学の立役者であるダニエル・カーネマンが、ノーベル経済学賞を受賞したことをきっかけに、人の心(心理学)も取り入れた経済学も注目されるようになってきています。(本当に経済人として生きる覚悟ができれば経済的成功はあり得るのでしょうか)

学者の人は、当たり前のことをこねくり回して論文を書くのが仕事などと言っていた人がいますが、まさに言い得て妙です。

Sharism(共有主義)という概念を軸とした、新しい経済の枠組みを説明するには、古い経済学では無理でしょう。しかし、行動経済学ならば説明ができるはずです。

最近よく耳にする言葉に、コミュニティビジネスというものがあります。

その概念は、

地域の市民が主体となり、地域の資源を活用して、地域の抱える課題をビジネス的手法で解決し、コミュニティの再生を通じて、その活動で得た利益を地域に還元すること。

コミュニティ・ビジネス – Wikipedia

ということですが、これは、官公庁がこれまでと同じように財政支援ができなくなってきたため、オブラートに包んだ言い回しだと私は理解しています。タテマエビジネスというといいすぎかもしれませんが、そんな印象を受けています。

ただ、その根底にある考え方は決して悪いものではありません。また、その根底には、やはり共有主義があると思います。

一方、企業側でもCSR(企業の社会的責任 – Wikipedia)やフィランソロピーという活動が行われています。アプローチの方法は違えど、実はコミュニティビジネスと同じところを目標としています。

もちろん、これだけで体系だてた説明はができるわけでもなく、あくまでも事例の一つですが、こうした現象を共有の経済という視点で探していくと、いろいろと見えてくる部分も多いはずです。特に、人間社会において共有するという概念は、文明とはかかわらずさまざまな社会構造の中で見出すことができるはずです。

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