構造言語学

今日は、話が長くなると予想されるが、学術的なことについて書くことにした。

~シニフィエ・シニフィアンと構造主義言語学~

まず始めに、この二つの言葉は何を意味するのかを説明します。【シニフィエ】とは、フランス語で「意味内容」と訳されます。そして、【シニフィアン】は、「意味作用」と訳されます。

【シニフィアン】(意味作用)についてですが、これは、直接的に言葉が示す対象のことをいいます。例として、一つの林檎を思い浮かべてください。林檎とは、今心に思い描いている皆さんの良くご存知のあの果物です。大抵は赤いですが、たまに青いものも有ったりします。ここで、林檎を思い浮かべた時に、黄色
く細長い食べ物を浮かべた人はいないと思います。林檎と言えば、赤くて丸い果物のことを指します。そのことがシニフィアンであると言うことです。

要するに、林檎と言う言葉のシニフィアンは林檎そのもののことです。

次に、【シニフィエ】(意味作用)について説明します。これは、言葉が持っている裏に張り付いたイメージのことを指します。また、林檎を例に挙げます。
ここでいう林檎のシニフィエは、「赤い」「青森県と長野県」「歌舞伎町の女王を歌っている女の人」などがあげられます。また、「青森」といえば林檎というのもシニフィエにあたります。それから、「山形」なら、「さくらんぼ」というように普段何気なく使っている言葉に、無意識のうちに意味内容がくっつていた
りするのです。

実社会にはこのことが、さまざまなものや局面に出てきます。「ホンネ」と「タテマエ」というのは、まさにこの関係の何物でもありません。説明は要らないと思いましたが、一応説明すると「タテマエ」が【シニフィアン】で、「ホンネ」が【シニフィエ】というようになります。そう考えると、世の中【シニフィア
ン】・【シニフィエ】だらけであると言えます。
この理論は、スイスの言語哲学者でフェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de
Saussure:1857-1913)が、考えたものです。そして彼は、20世紀初頭の講義の中で「記号論」又は「記号学」という学問を提唱し、これが戦後の社会学や人類学、精神分析学や思想に大きな影響を与えました。

この「記号論」はソシュール以前にアリストテレスに端を発しストア学派によって体系化されたといいますから、紀元前から理論は存在していたことになります。ストア学派によれば、音声(セマイノン=意味するもの)と概念(セマイノメノン=意味されるもの)の二つから成るといいます。この図式は、【シニフィ
エ】【シニフィアン】のことと全く同じ事です。

しかし、ソシュールの理論には基の記号論の流れと、「構造主義」の二つの理論から成り立っています。そのため、ソシュールの理論を【構造主義言語学】と呼ぶこともあります。ソシュールの考える<体系>というものは、「個」と言うのは実存的客体ではなく、他と個との共存によって初めて価値をもつと、考えま
した。要するに、僕という存在は、ここにいるから存在しているといえるのではなく、他人との関係を通して初めて、ここに存在しているといえるのです。また、使用価値というのものも、誰かがそれを必要としない限り、生まれてこないということです。特に、言葉を使用した会話は他人との関係で成り立つもので、
一人で話をしていることは普通考えにくいです。

ソシュールの理論体系は、難解で非常に分かりにくいものですが、少しはどういったものなのかをご理解頂けたでしょうか?なるべく、誰にでも分かるようにと、心がけたつもりですが、如何せん学術用語を使用しないようにするのは、骨が折れました。また今度、このようなモノを企画しますので、次回もお見逃しな
く!!

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