1997.10.07

今日は少し、考えたことをまとめて書いてみたい。

ソビエト連邦が崩壊して、共和制という思想が大きく揺らいだ。
今の北朝鮮も亡命者が相次ぎ、国内は食糧不足などで大きくから向きかけている。
そういった国が最終的に行使する手段の一つとして戦争がある。今まさにそんな時期に
さしかかっているかもしれないという不安がよぎる。
もともと、共和制というものは、イギリスのオーエン、フランスのサン=シモン、フーリエなどによってつくられた仮想的社会主義が原点だと思われる。
その後、ドイツのマルクス、エンゲルスらによって、生産関係、生産力を中心とした歴史の見方「唯物史観論」が提示されたたことによって、共和制の基礎原理が誕生した。
それをより具現化したのがかの有名なレーニンである。
その後、中国の毛沢東がその思想を取り入れ、中国を共和制にしたが今の中国は、香港の返還により、民主化が進められ完全な共和制とは言えなくなっている。

誰が、1世紀前にこの状況を予測できただろうか。約100年足らずで共和制が崩壊することを。(現在も共和制により国家を運営する国はあるがその体制に入ることが若干遅かったため現在も生き残っているのだと思われる)

そうした状況を踏まえると共和制にはいくつかの問題点があったのではないかと思う。

まず一つ目は、国がすべての財産を管理すること。
一見するとこれは良いことだと思われるが、すべて管理するということはそこから派生するであろう税金が見込めないということだ。民主制の場合、土地や建物、その他の財産はそれを所有する個人が管理するが、一定の税金を課す仕組みで間接的に国が管理する。
そうすることによって、管理責任の一部は個人に委ね管理しやすくしている。

二つ目は、貧富の差がないこと。
これも、一見すると良いことのように思われるが、ここにも税収的な問題がある。逆に貧富の差があれば、高所得者から高い税金を取り、低所得者に還元できるのだ。これは、実際に日本で行われていることではあるが。

ここまでは、税収面においての問題点だが、国も、会社も人も、先立つものがなければ立ち行かない。しかし、その金額は組織が大きくなるにつれ比例して大きくなっていく。より大きな国はより大きなお金が必要だ。

最後に、最大の問題点として人間の考え方は人それぞれだということだ。
大きなる理想の旗印のもと、国民全員が同じ方向を見ているうちはいいだろうが、理想だけでは国はまとまらない。(理想がない国というのも問題であろうが)明日食べる分の食料すら確保できない状況では理想は必ず陳腐化する。中には、そうした理想に対して疑問を持つ人間も出始めるだろう。十人いれば十通りの、百人いれば百通りの考え方や欲求があるはずなのに、それらを認めることはできない。人間の多様性は認められないということだ。
それに疑問を持ったり、嫌気がさした人から国を去る。いわゆる亡命だ。

共和制は貧富の差をなくすという建前はあるが、国全体が貧しくては意味がない。しかも、政府の高官たちは、裕福だから始末におけない。

崩壊していった国々をみると、人が幸せに生活できるような社会システムではなかったと結論付けられる。

共和制の問題点ばかりを述べてきてしまったが、資本主義にも対処しなければならない問題は多く存在している。共和制の崩壊が、資本主義社会の問題解決に役立てる方法はないものかと考えてはいるが、結局今は結論が出ない。

ソ連史 (ちくま新書)

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